大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

秋田地方裁判所 昭和40年(わ)79号 判決

被告人 鈴木洌

昭一八・三・三〇生 自動車運転助手

主文

被告人を罰金一五万円に処する。

未決勾留日数中四〇日を一日金七五〇円に換算した額を右刑に算入する。

右罰金を完納することができないときは金七五〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となる事実)

被告人は、

第一、公安委員会の運転免許を受けず、かつ呼気一リツトルにつき一・〇〇ミリグラム以上のアルコールを身体に保有しその影響により正常な運転ができないおそれのある状態で、夜間である昭和四〇年五月一七日午後一一時五五分頃から翌一八日午前零時五分頃までの間、秋田市長野下堀反町一九番地先から同市長野町一三番地先に至る約九〇〇メートルの道路を、法令の定める前照燈をつけないで、軽四輪自動車六秋う六七―八六号を運転し、

第二、ハンドル、ブレーキその他の装置を確実に操作し、かつ道路、交通の状況及び自車が無燈火であることに留意し、他人に危害を及ぼさないような方法で運転をしなければならないのに、酒に酔い運転感覚が鈍つていたため、

一  同月一七日午後一一時五五分頃、同市長野下堀反町一八番地先でハンドル操作を誤り同番地加賀屋弥栄治方トタン塀に衝突してトタン塀を損壊し(損害額五〇〇円位)、あわてて後退しようとして後方の確認をしないまゝハンドルを大きく左に切つたため同町一九番地児玉善蔵方のガラス戸一枚を損壊し(損害額一、〇〇〇円位)、

二  同月一八日午前零時五分頃同市長野町一三番地先でハンドル操作を誤まり同所に駐車中の小西善一所有の普通貨物自動車に正面衝突しその右側ライトを損壊し(損害額五、〇〇〇円)、後退しようとしてハンドルを切り過ぎたため道路の反対側に駐車中の瀬尾嘉範所有の普通自動車に衝突し、その右フロントフエンダーを損壊し(損害額一八、〇五〇円)、更に逃走しようとして発車直後ハンドル操作を誤り同番地株式会社角屋商店店舗に衝突し同会社社長伊藤三喜管理にかかるシヤツター、ガラス戸一枚を損壊し(損害額七、九〇〇円相当)

もつて、右両地点において他人に危害を及ぼすような方法で前記自動車を運転し、

第三、前記第二の一及び二記載の交通事故を起したのにその事故発生の日時場所等法令の定める事項を直ちにもよりの警察署の警察官に報告しなかつた

ものであるが、被告人は、前記第一記載の所為中無燈火の所為及び第三記載の各所為につき心神耗弱の状況にあつたものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人は本件行為当時心神耗弱の状態にあつた旨主張する。

よつて按ずるに、前掲各証拠ことに酒酔い鑑識カード及び実況見分調書中の被疑者の事故発生状況指示欄の記載によつて認められる被告人の現行犯逮捕直後の外観及び言動並びにアルコール保有量等からみて、千秋公園で暫時休憩して酔いをさましたことを勘案してもなお被告人は本件各行為当時いわゆる心神耗弱の状況にあつたと認めるのが相当である。

ところで刑法第三九条第二項は心神耗弱者の行為は其刑を減軽すと命じ、同法第八条により他の法令に特別の規定あるとき以外はそれら法令で刑を定めているものにも適用を命じているわけであるが、右の「特別の規定」は明文のそれに限らず、当該法令の趣旨及び当該行為の罪質等からみて刑法総則のある条項を適用しない趣旨が十分に窺われる場合も特別の規定がある場合にあたるものと解すべきである。而して、道路交通法第一一七条の二第一号の酒酔い運転の罪についてみるに、これは酒に酔つた状態をもつて違法要素とする特異な罪であつて責任能力の点においても犯罪の主体をすでに判断力及びこれに従つて行動する能力が正常人より劣つた属性を有するものとして把えている。そして酩酊の度合が高ければ高い程違法性は強く、かつ有責性も強くなるものと思われる(ちなみに酩酊の度合が心神喪失の状況に到れば原因において自由な行為の理論の適用をみる場合以外はやはり不可罰とならざるを得ない。これは酒酔い運転の罪が故意犯で犯罪が成立するためには構成要件要素としての故意は存しなければならないからである。しかし、心神耗弱の程度では常にこの故意は認められる)。従つて、酩酊の度合が心神耗弱の程度にまで達すれば、道路交通法の命ずるところにより責任の極めて重いものとして扱わなければならないのに、同時に刑法により責任を軽減しなければならないとすることは、彼此法条の自家撞着であつて、道路交通法第一一七条の二第一号はさきに述べた同号の罪の罪質に鑑み、心神耗弱のうちアルコールの摂取による酩酊を原因とするものに限り刑法第三九条第二項の適用を排斥しているものと解するのが相当である。次に、道路交通法第一一八条第一項第一号及び第一一九条第一項第九号の罪についてみるとこれらは同法第一二二条第一項によりその行為者が酒気を帯びていたときに各本条に定める刑の長期又は多額の二倍までの刑を以て処断することができるとされている罪である。これは、同法が、これらの罪を犯す者がいわゆる酒気帯びの程度でもアルコールを身体に保有していれば危険性が定型的に高いものとして、責任を加重していることにほかならない。従つてアルコール保有量がいわゆる酒気帯びの程度からいわゆる酩酊の段階に進めば益々有責性が強くなるのであり、右第一二二条第一項の適用の妥当性からみると、裁量的適用の段階から必要的適用の段階に近づくのであつて、酩酊の度合がかなり昂じて心神耗弱の状況に達するや刑法第三九条第二項で必要的に刑を減軽しなければならないとするのはこれ又両法条間の矛盾を免れ難い。よつて、右両罪についても道路交通法第一二二条はアルコール摂取による酩酊に基づく心神耗弱の場合に限つて刑法第三九条第二項の適用を排除しているものと解するのを相当とする。

してみれば、被告人は、本件各犯行当時、自然的心神の状況としては、弁護人主張のとおりいわゆる心神耗弱の状態にあつたが、道路交通法の要請するところに照らし、判示第一の所為のうち無灯火の罪及び判示第三の各所為についてのみ、刑法第三九条第二項にいう心神耗弱の状況にあつたもので、その余の罪についても同条項にいう心神耗弱の状態にあつたとの弁護人の主張は採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為中無免許運転の点は道路交通法第一一八条第一項第一号第六四条に、酒酔い運転の点は同法第一一七条の二第一号第六五条同法施行令第二七条に、無燈火運転の点は同法第一二〇条第一項第五号第五二条第一項同法施行令第一八条第一項第一号に、判示第二の各所為は同法第一一九条第一項第九号第七〇条に、判示第三の各所為は同法第一一九条第一項第一〇号第七二条第一項後段に該当するところ、判示第一の各所為は一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから刑法第五四条第一項前段第一〇条に従い最も重い酒酔い運転の罪の刑を以て処断することとなるが、以上の各罪についての刑の選択につき按ずるに、検察事務官作成の前科調書によると、被告人は昭和三八年五月一四日窃盗、詐欺罪で懲役一年執行猶予三年の判決を受け(同月二九日確定)、更に同年一〇月二二日窃盗、恐喝未遂罪で懲役一年執行猶予三年同期間中保護観察の判決を受け(同年一一月六日確定)、現在右二つの刑につき執行猶予期間中であることが認められ、執行猶予期間中しかも保護観察に付されているにも拘らず、更に抽象的危険性の極めて大きい罪を犯した責任はまことに重く被告人の反社会性も顕著であつて、検察官が懲役刑を求刑したのはまことにもつともであるが、被告人の当公廷における供述及びその態度等からみて被告人の性格は内攻的で小心、意志薄弱であり、かつ前科のあることをマイナスの方向にのみ意識してきたことが窺われ、今ここで被告人に懲役刑を科さんかさきの二個の執行猶予の必要的取消事由ともなり、改悛の情が顕著で更生の意慾に燃えている被告人から永久に更生の機会を奪う危険が大きい。そこで更に罰金刑が本件についての責任を問うに適当なものであるかについて比較較量するに、本件はさきの執行猶予中の犯罪と罪質を異にするほか、被告人は幸いにして人身事故を惹起せずに事なきをえ、物件の損害もほゞ回復しているうえ、被告人は第一回公判期日後の昭和四〇年六月二一日弁護人の申請による保釈が保証金五万円を以つて許可されたのに七月一〇日に到るまで保証金を納付することができず、かつ証人鈴木三郎の当公廷における供述及び被告人の司法警察員に対する供述調書によつても被告人及びその家族に資力のないことが明らかである。従つて、被告人に罰金刑を科した場合被告人はそれを納付することが容易でないから、被告人に対する苦痛は、本件各犯行についての責任の追求という点に限れば、懲役刑を科した場合との間にさほど逕庭があるとは考えられない。してみれば、本件においては罰金刑を科してもその額及び労役場留置期間の換算率にして相当であれば被告人に対し十分に本件の責任を尽させることが出来ると解される。よつて以上の各罪につきいずれも所定刑中罰金刑を選択し判示第二の一及び二の罪は、被告人が酒気を帯びていたときの犯行であるから道路交通法第一二二条第二項第一項により法定の加重をなし判示第三の各罪はそれぞれ心神耗弱中の所為であるから刑法第三九条第二項第六八条第四号により法律上の減軽をなし、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから同法第四八条第二項に従い以上の各罪の罰金の合算額の範囲内で被告人を罰金一五万円に処し、同法第二一条を適用して未決勾留日数中四〇日を一日金七五〇円に換算した額を右刑に算入し、同法第一八条第一項に従い被告人において右の罰金を完納することができないときは金七五〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤文哉)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例